1.背景
経済産業省は毎年春先に、健康経営に取組む法人における自社の取組み改善への利用を目的として、①健康経営度調査回答法人の設問別回答状況データを公表しています。
また2021年度からは、健康経営の取組み強化および情報開示を促進し、健康経営に対する社会的な評価をより一層高めることを目的として、②2,000社分の法人別偏差値等データを公表するようになりました。
しかしながら、健康経営の推進担当者は日々業務に追われていることも多く、それらの公表データをうまく活用できているケースは少ないと感じています。
そのため、健康経営コンサルティングを行っている弊社が、それら公表データを集計・分析・考察することで、健康経営の推進に向けて何か有益な情報が提供できるのではないかと考え、本コラムを執筆するに至りました。
2.考察に用いたデータ
改めて考察に用いた以下2つのデータを説明します。
①健康経営度調査回答法人における設問別回答状況データ(2019年度~2021年度調査)
こちらの経済産業省のページから、どなたでもダウンロードできるようになっています。
データの中身においては、調査票の設問ごとに調査票回答法人の回答結果がどのような状況であったのかを把握できるようになっています。
2021年度は調査票回答法人が2,869社ありましたが、例えば以下のような状況が把握できます。
- 全体の77%において、経営トップが健康経営の責任者になっている
- 全体の37%において、常勤の保健師が在籍している
- 全体の65%において、職場において集団で運動を行う時間を設けている
- 全体の平均として、40歳以上の適正体重維持者率が63%となっている
そして本データにおいては、ホワイト500の認定法人500社と、ホワイト500以外の健康経営優良法人1,799社において、どのような回答結果であったのかも整理されています。
これらデータを活用しないのは非常に勿体ないと言えます。
②健康経営度調査回答2,000法人における法人別偏差値等データ(2021年度調査)
こちらの経済産業省のページから、どなたでもダウンロードできるようになっています。
こちらのデータは、2021年度から公表が始まったものになります。
調査票回答法人2,869社中、なんと2,000社(69.7%)もの法人のデータがまとまっており、法人別の側面・内訳項目別の偏差値や具体的な課題設定、取組施策、成果について一覧化されています。
3.ホワイト500継続法人と脱落法人の境界線
偏差値等の公表がなされている2,000法人について、2020年度と2021年度のホワイト500認定状況から、継続、新規、脱落、その他の4つに分類しました。
※継続と新規の合計が500社になっていないのは、ホワイト500認定法人一覧データと、2000法人分の偏差値等データの突合ができないケースがあったことに拠る
継続法人と脱落法人の偏差値の違い
このうち、2021年度もホワイト500を継続した354社と、2021年度はホワイト500から脱落してしまった102社について、側面ごとの偏差値の変化を集計したものが以下の表になります。
脱落法人においては、評価ウェイトの高い「1.経営理念・方針」で平均3.5の偏差値Down、「4.評価・改善」で平均3.8の偏差値ダウンという結果でした。
一方、継続法人においては、「1.経営理念・方針」で平均0.6の偏差値UP、「4.評価・改善」で平均2.0の偏差値Downという結果でした。
また、上記の深堀りとして、内訳項目ごとの2021年度の偏差値について集計したものが以下の表になります。
脱落法人と継続法人においては、「1.経営理念・方針」の「1.2.情報開示・他社への普及」で平均7.1の偏差値差が、「4.評価・改善」の「4.1.健康診断・ストレスチェック」で平均3.6の偏差値差があることが分かります。
偏差値の違いを生んだ調査票の変更点
上記の偏差値の違いが生まれたのは、2021年度の健康経営度調査における変更点のうち重要な2つの点が大きく影響していると考えます。
2022年度の健康経営度調査でも引き継がれる点ですので、理解しておくことが必要です。
変更点[1] 具体的な18種類の指標開示状況が問われるように
変更点[2] 「4.1.健康診断・ストレスチェック」の偏差値評価が成果重視に
変更点[1] 具体的な18種類の指標開示状況が問われるように
2021年度調査から、以下の3カテゴリー18種類の指標開示状況が問われるようになりました。
<健康投資施策の取組状況に関する指標>を改善していくことで、<従業員の意識変容・行動変容に関する指標>が改善し、最終的には<健康関連の最終的な目的指標>が改善するという構造です。
昨今、グローバルで人的資本に関する情報開示の要求が高まっていることを受け、健康経営度調査でも健康経営に関する各種指標を積極的に開示しているほど、高い評価が得られるようになりました。
変更点[2]「4.1.健康診断・ストレスチェック」の偏差値評価が成果重視に
2021年度調査から、「4.1.健康診断・ストレスチェック」の偏差値評価対象が、以下の健診結果の数値などに限定されました。
2020年度調査までは、従業員教育、コミュニケーション施策、食生活改善施策、運動習慣定着化施策、女性特有の健康課題に関する教育などに関する従業員の参加率も、「4.1.健康診断・ストレスチェック」の偏差値評価対象に位置付けられていましたが、2021年度からはそうではなくなりました。
つまり、ホワイト500認定評価においてウェイトの高い「4.制度・施策実行」の「4.1.健康診断・ストレスチェック」では、施策の参加率は評価せず※、健診結果の数値等のみで評価する、ということになったのです。
※施策への参加率は、ウェイトの低い「3.制度・施策実行」の偏差値評価対象に変更となっています。
恐らく脱落法人の多くにおいては、以下のような状態ではないかと思います。
- 施策への参加率はそれなりにあるものの、生活習慣や身体の健康状態が悪い、過去より悪化している
- ストレスチェック後の職場改善の取組みができていない
- 業務パフォーマンス指標(アブセンティーズム、プレゼンティーズム、ワークエンゲージメント等)が把握できていない
変更点を踏まえて言えること
以上2つの変更点を踏まえたときに、ホワイト500継続法人と脱落法人との間における前述の偏差値の差(「1.2.情報開示・他社への普及」で平均7.1の偏差値差、「4.1.健康診断・ストレスチェック」で平均3.6の偏差値差)が生まれた境界線が見えてきます。
それは、健康経営の戦略がない、もしくは不十分、ということです。
しっかりとした戦略があれば、以下が明確になり、それに沿って取組むことで改善の成果も出てくるはずです。
- 何を目的に健康経営に取組むか
- 何の指標を改善するか
- そのためにどのような方向性で健康経営を進めるか
- 具体的にどのような施策に取組み、どのように社員を巻き込んでいくか
そしてその結果が、「4.1.健康診断・ストレスチェック」をはじめとする「4.評価・改善」の偏差値向上に繋がります。
また戦略に基づく取組みで効果検証ができるようになる、そして成果が出てくるようになれば、対外公表も積極的にできるようになり、「1.2.情報開示・他社への普及」の偏差値向上にも繋がります。
つまり、しっかりした戦略に基づく取組みがなされれば、成果が生まれ、対外公表もしやすくなり、毎年度安定的にホワイト500を継続することができるはずです。
ホワイト500から脱落してしまった法人においては、調査回答や来期計画作成のタイミングを機に、健康経営の戦略を是非見直していっていただきたいと思います。
(※戦略づくりについては、「健康経営の「戦略」とは何か?」のコラムにおいて整理していますので、是非ご確認ください。)
4.ホワイト500ではどのような成果が出ているか
ホワイト500に返り咲いていくためにも、またホワイト500を維持するためにも、ホワイト500認定法人がどのような成果を出しているか、傾向を押さえておくことは重要になります。
以下が2019年度調査~2021年度調査の各年度におけるホワイト500※の平均値になります。
数値自体は、1年度前のデータを調査票に記載することとなっているため、2018年度~2020年度の平均値です。
※年度ごとにホワイト500認定法人は入れ替わっていることに注意
生活習慣
2019年度から2020年度にかけての1年間の変化を見ると、ホワイト500平均として生活習慣は喫煙、運動、睡眠、飲酒のすべてにおいて改善しており、中でもテレワークの拡大の影響もあり睡眠に関して大きな改善が見られます。
健康状態
血圧リスク者率が改善しており、高血圧治療中率、高血圧適正利率が改善していることの成果でもあります。一方、適正体重維持者率や糖尿病管理不良者率は悪化しており、健康診断時の問診項目では把握できない生活習慣(例:食事や間食の量・質)変化の影響等もあるかもしれません。
労働時間・有給取得
働き方改革の一層の推進等に伴い、月間総実労働時間は減少している一方で、年次有給休暇取得率は低下しています。今まででは有給を使っていたシーンでも、働き方の自由度が上がったことにより有給を使わずに済むようになったことも影響しているのではないかと思います。
休職・復職・退職
メンタルヘルスやそれ以外の健康課題に起因する休職率については、産業保健体制が充実しているほど早期に不調者を休ませ、長期化しないよう配慮することもあるため一概に評価できません。
休職からの復職率は上がり、また退職率は下がってきており、労働力の損失低下が図られています。
以上のようなホワイト500の実態を踏まえると、やはり成果を出していくことがホワイト500の継続・脱落の境界線であることがお分かりいただけたかと思います。
2020年度からコロナが本格化したため、数値の変化については今後もしっかりとウォッチし、適切な評価をしていくことが重要と考えていますが、どのような状況でも健康経営の成果を出していくこと自体は変わりありません。
2021年度ホワイト500から脱落してしまった法人も、ホワイト500を継続できた法人も、新たにホワイト500に認定された法人もみな、現状を踏まえて今後どうしていけば良いのか、戦略をしっかりと練り直しながら成果導出に繋げていっていただけたらと思います。
5.まとめ
本コラムでは、公表データを基に、ホワイト500認定可否を分けるポイントについて考察しました。
健康経営は成果を出してこそ意味があり、それでこそ安定的にホワイト500の認定を受けていけます。そのためには、健康経営の戦略を見直し、サステナブルなPDCAを回していけるようにすることが重要です。
本コラムでお示ししたホワイト500平均値の傾向なども、今後の戦略見直しの一助となれば幸いです。