1.プレゼンティーズムとは
プレゼンティーズムとは、出社していても、何らかの心身の不調により、本来発揮されるべき業務パフォーマンスが低下している状態(=労働生産性が低下している状態)のことを指します。
具体的には、イライラ、憂鬱、不安、不眠、抑うつ、不定愁訴、感染症・アレルギー、貧血等、さまざまな原因が挙げられます。
この心身の不調により業務パフォーマンスが低下している状態を放置しているとどのような影響があるのでしょうか。
まず本人への影響についてですが、心身の不調を抱えていても出社することはできるため、病院を受診する等の改善策を取らずに無理をしてしまいます。その状況が続くと症状が長引くだけでなく、いずれは無理がきかなくなり、深刻な症状に発展してしまう可能性があります。結果として欠勤や休職といった状態(=アブセンティーズム)につながってしまいます。
また、病気や症状の深刻化だけでなく、心身の不調を抱えたまま勤務を行うと集中力が低下し、その結果として労働災害等の発生リスクが高まります。
次に周囲への影響です。心身の不調により業務パフォーマンスが低下している従業員が多い職場においては必然的に職場全体の業務パフォーマンスも低下し、仕事がなかなか進まない状態が続くことでチーム全体の士気低下につながります。その結果、仕事において結果を出そうと努めている人にとっては、このような環境下にいると大きな不安を感じ、最終的には転職といった選択をとる可能性が高くなります。
このようにプレゼンティーズムを放置してしまうと、結果的にアブセンティーズムや離職といった人材リソースの喪失を招き、人材不足の現状に拍車がかかるリスクがあります。
そのため、このような状態に陥らないよう、プレゼンティーズムを継続的にモニタリングし、課題の把握と改善に向けた計画を立て、適切な施策を実行していくことが健康経営においては不可欠です。
※なぜ健康経営で業務パフォーマンス改善が求められるのかについて知りたい方は以下をご参照ください。
関連記事:健康経営を通じて業務パフォーマンスをどう改善するか
2.プレゼンティーズムの測定方法
推奨される6つの測定方法
プレゼンティーズムによる労働生産性が低下している状態を数値として把握するうえで、一般的に推奨されている6つの測定方法があります。
[1]WHO-HPQ、[2]SPQ(東大1項目版) 、[3]WLQ、[4]WFun 、[5]QQmethod、[6]WPAIです。
健康経営に取り組んでいる法人においては、[2]SPQ(東大1項目版)を用いて測定を行っている法人が3社に1社程度と最も多く、次いで [1]WHO-HPQを用いているのが5,6社に1社程度という状況です。
健康経営度調査回答法人の統計データが毎年公開されていますが、そのうち平均データ等が公表される可能性があるため、どの測定方法を用いるか悩ましい場合は、上記2つの方法いずれかを選択するのが無難と言えます。
以下では、上記2つの測定方法について、具体的な設問と計算式、及び健康経営銘柄選定企業における指標設定状況を解説します。
[1]WHO-HPQ:Health and Work Performance Questionnaire
世界的に活用されている最もポピュラーな測定方法です。設問は3問で構成され、無料で活用することができます。
【設問】
1.あなたと似たような仕事(同じ職種、同じ業務)をしている労働者の普段のパフォーマンスをあなたはどのように評価しますか?0~10までの尺度上で評価してください。
2.過去1~2年のあなたの普段のパフォーマンスをあなたはどのように評価しますか?0~10までの尺度上で評価してください。
3.過去4週間(28日間)の間のあなたの総合的なパフォーマンスをあなたは、どのように評価しますか?0~10までの尺度上で評価してください。
【計算式】
絶対的プレゼンティーズム損失割合 = 100% - Q3 ×10
相対的プレゼンティーズム損失割合 = 100% - Q3 ÷ Q1
なお、健康経営銘柄2023に選定された企業においては、WHO-HPQを活用している企業は11社存在しています。そのうち絶対的プレゼンティーズム損失割合を指標に設定している企業が7社、相対的プレゼンティーズム損失割合を指標に設定している企業が3社という状況でした。
相対的プレゼンティーズム損失割合よりも絶対的プレゼンティーズム損失割合の方が理解しやすい、社内に説明しやすいといった声も聞きますので、このような現状になっているものと思われます。
[2]SPQ(東大1項目版):Single-Item Presenteeism Question
健康経営に取り組んでいる法人で最も多く活用されている測定方法となります。設問数は1問で、回答者の負担も少なく、無料で活用することができます。
【設問】
病気やけががないときに発揮できる仕事の出来を100%として過去4週間の自身の仕事を評価してください。
【計算式】
プレゼンティーズム損失割合 = 100% - 回答値
健康経営銘柄2023に選定された企業においては、SPQ(東大1項目版)を活用している企業は11社存在しています。基本的には上記で示したプレゼンティーズム損失割合を指標に設定していますが、中には2社ほどプレゼンティーズム損失割合が一定以下であった社員割合を指標に設定しているケースもあります。
本稿では健康経営に取り組んでいる法人において活用割合の高かった[1]WHO-HPQ、[2]SPQ(東大1項目版)について触れましたが、その他の測定方法については以下をご参照ください。
参考:「健康経営ガイドブック」 ~連携・協働による健康づくりのススメ~(改訂第1版:平成28年4月)
またアブセンティーズムの測定方法に関して詳しく知りたい方は、以下の記事も参考にされてください。
※関連記事:アブセンティーズム測定方法大全
3.健康経営PDCA推進に向けたプレゼンティーズム測定結果の分析・活用方法
ここからは、プレゼンティーズム測定結果をどのように健康経営の実務で活用し、PDCA推進に役立てていくか、弊社がコンサル現場で行っている実例の一部を紹介します。
【Plan】計画立案フェーズ
本稿の1章で触れた通り、プレゼンティーズムには様々な心身の不調が影響を与えており、その不調を生み出しているのは、生活習慣や職場環境などの要因です。
そのため、プレゼンティーズム測定結果は、他の健康関連データとのクロス分析を行ってこそ価値が生まれます。プレゼンティーズムに強く影響を与えている課題を特定し、対策の検討に繋げていきます。
具体的な方法としては、生活習慣や職場環境、心身の健康状態などの度合いを基に従業員をいくつかの群に分け、それぞれの群においてプレゼンティーズム損失割合にどのような違いがあるのか、どれほど統計的有意差があるのかなどを分析します。
群間でのプレゼンティーズム損失割合の差の大きさ及び統計的有意差がある要因ほど、その対策を行う価値が高いものになるため、優先度を付けながら対策を検討・推進することが可能になります。
【Do】実行フェーズ
プレゼンティーズム測定結果は、従業員の健康づくりに関する投資対効果算出に用いることができます。会社経営にどれほどの好影響を与えるのか、金額で示すことできるため、経営層の理解を促し、協力を仰ぎながら健康経営を前進させていくことができるようになります。
具体的には、前述の生活習慣や職場環境、心身の健康状態などの度合いで分けた従業員の群ごとのプレゼンティーズム損失割合を基にシミュレーションを行います。
健康づくりによって従業員の生活習慣や職場環境、心身の健康状態などが改善すれば、会社全体のプレゼンティーズム損失割合がどれほど改善されるか、それが金額換算どれほどかを算出することができるため、健康経営の投資対効果を示すことができます。
実際、弊社のお客様でも、プレゼンティーズム、アブセンティーズムの改善効果のインパクトを示したことで経営層の本気度が増し、実行フェーズの推進力が一気に上がった事例もありました。
また製造業のお客様では、理系出身者が多いため、定量的に改善効果を示すことで健康経営に対する納得感を感じてもらえた事例もあります。
健康経営の実行力を上げるために、定性的な理想論だけを掲げるだけではなく、実データに基づく定量的なインパクトを示していくことが非常に重要であり、そのためにプレゼンティーズムを効果的に活用することができるのです。
【Check&Action】効果検証・改善フェーズ
健康づくりの効果としてプレゼンティーズム(=心身の不調によって業務パフォーマンスが低下している状態)が改善し、会社経営にプラスの影響を与えたのかを検証することは極めて重要です。しかしながら、上記の効果検証を的確に行えている会社はあまり見受けられません。
プレゼンティーズム測定結果を単純に経年比較し、改善した・悪化したと結論付けるケースが一般的かと思いますが、これでは健康づくり以外の効果も含んでしまうため、正しい評価にはならないことが多いです。
そのため、「プレゼンティーズム測定結果は様々な要素で数値が変動するから、あまり深掘りしないでおこう」といった考えに至り、とりあえず毎年把握するだけに留まってしまっている会社が多いように感じています。
上記のような思考停止状態に陥らず、健康づくりの効果としてプレゼンティーズムの変化を検証するにはどうしたら良いでしょうか。
その解として、経年で生活習慣や職場環境、心身の健康状態などのデータを把握できている従業員を対象に、その改善群、悪化群の間でプレゼンティーズム損失割合の変化にどのような違い生まれたかを分析する方法などがあります。
2群間で明確な違いが生まれていることが確認できれば、健康づくりがプレゼンティーズムの改善(=業務パフォーマンスの向上)に繋がっていること、つまり会社経営にプラスの影響を与えていることを的確に検証することができます。
そしてその検証結果を経営層や健康経営推進担当者に共有していくことで、健康経営の意義が腹落ちし、その後の推進スピードを更に加速させていていくことが可能になります。
以上、少し専門的な分析方法の紹介を含め、プレゼンティーズム測定結果の活用方法について解説いたしました。
まとめ
本稿でお伝えしたことをまとめると以下の通りです。
- プレゼンティーズムを放置すると結果的にアブセンティーズムや離職率の増加につながってしまう。
- プレゼンティーズムの測定方法として、[1]WHO-HPQ、[2]SPQ(東大1項目版)が多く用いられている。
- プレゼンティーズム測定結果は、他の健康データとのクロス分析を通じてこそ価値があり、健康経営の計画立案、実行、効果検証・改善のレベルを高めていくことができる。
本稿でご紹介したプレゼンティーズム測定結果の活用方法を何か1つでも実践いただければ、プレゼンティーズムの改善に繋げていくことができると思いますので、是非お役立ていただけると幸いです。