1.なぜ健康経営で戦略が求められるようになったのか
健康経営とは、「従業員等の健康管理や健康増進の取り組みを「投資」と捉え、経営的な視点で考えて、戦略的に実行する経営手法」であり、2014年度より健康経営銘柄制度、2017年度より健康経営優良法人制度が運用されてきた結果、健康経営に取組む法人が着実に増えてきました。(2021年度の健康経営優良法人(大規模法人部門)の認定法人数は2,294、2017年度の539から4.26倍に)
しかしながら、「経営的な視点で考えて、戦略的に」の部分がすっぽり抜け落ちてしまった法人も多く、「健康経営度調査票で求められる施策を行っていれば健康経営をしていると言えるはずだ」と取組むこと自体が目的化してしまったケースも少なくありません。
そのようなケースでは当然、健康経営の効果として何か会社等の経営にインパクトが出たかと問われても出ていません。そもそも何をどう検証したら良いかも考えられていないことが大半です。
このように、健康経営に取組む法人の多くで経営的な視点での健康経営の効果分析等が十分に進んでいなかった状況下において、2020年6月の経済産業省主催の検討委員会を通じて「健康投資管理会計ガイドライン」がまとめられました。
その中では、「健康経営を実施するにあたり、経営課題やその経営課題解決につながる健康課題から健康の保持・増進に関する取組みへ落とし込み、課題から取組みまでの結びつきの意識を持ってストーリーとして経営者や従業員、外部のステークホルダーに対して語れるようにし、かつ実際に理解してもらうことが非常に重要である」と語られ、経営課題から健康保持・増進取組みまでの結びつきが健康経営の「戦略」であるとされています。
また、それらの結びつきを可視化した「健康経営戦略マップ」の作成が推奨されたとともに、管理すべき指標についてもいくつかの候補が示されました。
そして、健康経営度調査票にもそれに合わせた設問が新設されたことによって、健康経営において「戦略」や指標改善が重要だという認識が浸透してきたのです。
2.戦略・戦術とは何か
それでは、戦略マップを作れば健康経営の成果は出るのでしょうか。答えはNOです。成果を出していくうえでは、「戦略」に加えて「戦術」があることが重要なのです。それらの言葉は混同しやすいのですが、違いを理解しておくことが健康経営の推進において不可欠なため、まずそれらの言葉が何を意味するのかを解説します。
「戦略」とは、ある特定の「目的」を達成するためのシナリオであり、進むべき方向性を示すものです。
「戦術」とは、「戦略」を実現するための具体的な推進計画であり、何のために(Why)、誰に対して(Whom)、何の施策を行うか(What)、それはどのような体制で(Who)、どのような仕組みや基盤のもと(How)、いくらを投下し(How much)、どのような場所・シーン・スケジュールで(Where & When)推進するかを示すものになります。(弊社は6W2Hが重要と考えています。)
つまり、「目的」があって、それを達成するための「戦略」があり、その実現に向けた「戦術」があるという関係です。健康経営の推進においても、「戦術」まで検討・整理することが必要です。
3.健康経営戦略として何を検討・整備しなければならないか
戦略と戦術の違いが分かったところで、健康経営においては、何を検討・整理しなければならないのかを具体的に解説します。
上の図で示す通り、健康経営の目的整理を踏まえ、その達成に向けた戦略を立案し、その実現に向けて推進する施策、社内浸透を図る体制、PDCAを回す基盤に対する整理を行い、それらを推進計画としてまとめていくことが必要です。
健康経営度調査では、「戦略」という言葉が用いられていますが、健康経営を推進するためには、「戦略」と「戦術」、言い換えると、「戦略」と「計画」が必要なのです。
戦略立案フェーズから伴走推進フェーズまで、健康経営コンサルティングを多数ご支援してきている弊社の実感としても、戦略と計画ができる前とできた後では、お客様の健康経営に大きな変化が生まれているのを実感しています。
具体的な違いは以下に示す通りです。
以降では、健康経営の推進に向けて検討・整備しておくべきものについて、概要をお示しします。
目的(健康経営推進の目的)
まず1番最初に検討・整理すべきであるのが、健康経営に取組む目的(=目指す姿)です。これがしっかりと定まっていないと、健康経営が迷走します。
健康経営を通じて従業員やそれを取り巻く職場にどうなっていて欲しいのか、その結果自社がどうなって欲しいのか、健康経営の目指す姿を具体的に言語化します。
なお、健康経営度調査や健康経営戦略マップの雛形で「健康経営で解決したい経営上の課題」は何か問われていますが、解決したい課題=健康経営で目指す姿と現状の間に存在しているギャップであるため、この回答としては、健康経営の目指す姿を記載すれば問題ありません。
戦略(目的達成のための戦略)
健康経営の目指す姿を実現するために、どうしていけば良いのか進むべき方向性を検討・整理します。
以下の例のように、ロジックツリーを考え抜きブレイクダウンすることで、目指す姿を実現するための戦略を立てていきます。この戦略ロジックツリーが練られているほど目指す姿の達成は近づきます。
戦略ロジックツリーが整理できたら、各ツリーで言語化された状態を的確に表す指標化を行います。
指標化においては、確実にデータ収集・把握が可能なものを設定する必要があります。できる限り健診やストレスチェックなどで取得できているデータ、もしくは健診やストレスチェックの追加設問等で取得可能なデータを用いた方が従業員側の負担が少なく、かつ全従業員のデータを集めやすいというメリットがあります。
しかし、それが難しい場合は別途健康経営アンケートのような形でデータを新規収集する必要もあるため、指標化の際には、どのように把握を行うのかまでしっかりと設計しておくことが不可欠です。
施策(戦略実現のための施策)
戦略として立てた方向性を基に、それを実現するための健康施策を検討・整理します。どのような従業員に対して(Whom)、何をするか(What)です。
この過程においては、戦略として立てた各指標の数値が過去からどのように推移してきているのか、また過去から取り組んでいる各施策への従業員参加率や満足度等がどれほどであるのか、をインプットとすることが重要です。
上記を踏まえ、新たに施策を設定するという視点のほかに、すでに取り組んでいる施策を強化するという視点、場合によっては施策をやめるという視点も持ち、個々の施策を検討していく必要があります。
また、木を見て森を見ずにならないよう、多様なフレームワークを用いながら、最適な施策全体像を設計することが不可欠です。
そして、すべての施策を一気に進めることはできないため、施策の優先順位付けを行いつつ、中長期的にどのように施策強化のステップを踏んでいくのかを考えていくことが重要です。
なお、ここまで説明した、目的→戦略→施策までが整理できると、健康経営戦略マップが完成します。
しかしながら、後述する体制、基盤、計画までがしっかりと練られていないと、戦略マップは全く意味のないものになってしまいます。
戦略マップに定めた施策が実行できていない、戦略マップに定めた指標が検証できていない・改善していないということが起こらないよう、体制、基盤、計画の検討・整理が不可欠です。
※関連記事:健康経営戦略マップの作り方 コンサル現場で用いる8ステップ徹底解説
体制(施策推進・社内浸透を図る体制)
健康経営で目指す姿やそれに向けた施策を社内に浸透させていくために、どのようなステークホルダーとどのような連携体制を構築するか、検討・整理します。
具体的に健康経営の推進に関与するステークホルダーは以下の通りです。
特に、施策の企画・推進、全社浸透を図るうえでキーとなる事業所・職場の健康経営推進担当者、管理職、労働組合については、具体的にどのような役割を担ってもらうのかを明確に設計する必要があります。
そのうえで、健康経営の目的(=目指す姿)やその実現に向けた戦略、施策、自らの役割について、上記のステークホルダーに対して理解をどのように図るのか、会議体や臨時の研修会などの設計も欠かせません。
そして、誰から、どのようなシーンで、従業員に対して健康経営の推進に関するメッセージや情報を伝達してもらうのか、を設計しておけると全社浸透に向けた道筋が立ちます。
また、全社に伝えていくメッセージや情報については、分かりやすいものである必要があります。従業員向けの健康宣言や、従業員に促したい健康行動のキャッチフレーズなどについては、自社の特性に合ったものを検討することが不可欠です。
※関連記事:従業員の健康行動を促進するキャッチフレーズ
基盤(PDCAを効率的・効果的に回す基盤)
施策強化・体制強化を図り、PDCAを回していくうえで、業務推進基盤の整備は不可欠です。
業務の効率や品質を上げていかないと、強化施策・新規施策の企画・推進・効果検証や、ステークホルダーとの新たな連携に必要な工数を捻出しきれず、絵に描いた餅となってしまいます。
そのため、施策強化・体制強化を見据えて、健康経営推進統括部署及び産業医・産業看護職における以下の業務推進基盤をしっかりと整えておくことが必要です。
なお、戦略立案段階ではこれらの基盤全てを整理しきることが難しいため、何を整備しなければならないかの整理までを行い、戦略立案後の実行段階の早い時点で具体的な整備を進めていくことが望ましいです。
そして、上記の業務推進基盤を整備していくうえでは、業務改善を併せて進めていくことが最適です。
取り除ける業務がないか(Eliminate)、まとめられる業務がないか(Combine)、やり方を変えられる業務がないか(Rearrange)、簡素化できる業務がないか(Simplify)、というECRSの4原則の観点で業務改善ポイントの棚卸と解決策の検討を行います。
それを踏まえて、上記の業務推進基盤の整備へと落とし込んでいくことで、業務効率化の効果を最大化していくことができます。
※関連記事:健康経営の土台づくり ECRSの4原則に基づく健康管理業務の改善方法
計画(施策・体制・基盤の推進に向けた計画)
施策・体制・基盤に関して、今後何に取り組んでいくか整理ができた後は、それを推進していくために必要な予算計画と実行計画への落とし込みを行います。
予算計画に関しては、前述の施策・体制・基盤に関する検討段階で中長期的なステップアップイメージが整理されていれば、それを踏まえて中長期的な予算計画を整理します。
またその整理の際には、予算を投下することによってどのような効果を得ていくのかを整理することも欠かせません。
アブセンティーズムやプレゼンティーズムなどの損失抑制目標を基に、人件費におけるポジティブな効果を算出することが望まれます。
実行計画に関しては、少なくとも次年度末までの月次の計画を整理します。
施策推進、体制構築・運営、社内発信、基盤整備・運営、その他PDCAに関係する各種推進事項を全体整理することが、着実な健康経営を推進するうえでの欠かせないマスタープランとなります。
4.まとめ
本稿では、分かるようで分かりづらい「戦略」に関する解説、健康経営戦略として何を検討・整理しなければならないのかについて解説しました。
健康経営は成果を出してこそ意味があり、そのために戦略づくりに本気で取り組むこと、また適宜見直しをかけることが重要です。本稿が少しでも参考になれば幸いです。